スイスのジェノバ大学(UNIGE)の神経科学者が行った実験では、脳が最適な意思決定を行う数理モデルを構築し、最適な選択は選択肢の真価によるものではなく、選択肢の間に存在する「価値の差異」に基づくものである事が示されています。
脳が最適な意思決定を行うプロセス
人間の脳は、日々多くの選択肢に曝され、多くの選択肢から一つのものを選ぶ事に苦労をしています。
もし選択肢の間に大きな質の差があれば、意思決定は素早く行われます。しかし、質の差が些細なものであれば、意思決定をする前に悩む事も多くあります。
何故多くの選択肢に曝された時に人間の脳は最適な選択をすぐにできないのでしょうか?この問いに答えるべく、今回の研究が行われました。
意思決定の2つの種類
人間の脳が意思決定を行う方法は2種類あります:
- 知覚の意思決定
- 価値に基づく意思決定
知覚の意思決定は、感覚情報に基づく選択です。例えば、「あの車が来る前に道を渡れるか?」といった、感覚器官を通して入ってくる情報に基づいて判断される意思決定を指します。
価値に基づく意思決定は、良し悪しの選択ではない場合で、決定が2つ以上の選択の間で行われるものです。例えば、「リンゴを食べるかオレンジを食べるか?」といった、与えられた選択肢の価値にに基づく意思決定です。
価値に基づく意思決定を行う際に、もし選択肢間に大きな価値の差があればすぐに決定をする事ができますが、選択肢はどれも似ており、どれも同じような価値を持っていれば意思決定は非常に複雑なものになってしまいます。
何故このような事が起こるのでしょうか。
選択肢の価値は「差異」にある
UNIGEの神経科学者は、簡易な数理モデルを構築し、二つの選択肢に向き合う時に起こる価値の認識方法を示しました。
最適な選択方法は、それぞれの選択肢における記憶に関連した価値を動員し、その動員した価値を比較して差異を計算する事で得られます(例えばダークチョコレートとマカロンを選ぶときにどちらの方が良い記憶・経験があるかを比較する)。
意思決定は、その差異がある一定の価値に達した場合に行われ、その時間が意思決定に費やされるのにかかる時間として反映されます。
この数理モデルは、二つの選択肢の差異が非常に大きい場合には素早い判断をするのに役立ちますが、差異が小さい場合はより多くの記憶を引き出す必要があります。
このようなプロセスは、三つ以上の選択肢が存在する場合でも同じように起こるのでしょうか。
平均的価値が意思決定に影響する
それぞれの選択において、私たちはできるだけ短い時間で最大の利益を得たいと考えます。複数の選択肢を与えられた場合、どのように思考を進めれば良いのでしょうか。
最初のステップは二つの選択肢の場合と同じく、それぞれの選択肢における記憶を寄せ集め、合算価値(蓄積価値)を割り出します。
その上で、それぞれの蓄積価値を独立して見るのではなく、それぞれの選択肢の蓄積価値と、全ての選択肢の蓄積価値の平均的価値の間の差異を見出す事で意思決定を行うのです。
[意思決定 = ある選択肢の蓄積価値 - 全体の平均価値]
「ある選択肢の蓄積価値」が「全体の平均価値」よりも高ければ、それだけその選択肢の価値が高い事になり、意思決定が下される可能性が高くなります。
もしそれぞれの選択肢が似たような価値を持っている場合、平均価値もそれぞれの蓄積価値ほとんど同じになるため、意思決定に非常に長い時間がかかる事になるのです。
今回の研究で、「価値の差異」による意思決定が明らかにされたことで、取得できる利益を最大化する必要性の感覚の重要性が強調される結果となりました。
研究チームは、それぞれの選択肢に関連する記憶に、脳がどのようにアクセスするのか、そして記憶に基づく決定ができない場合どのように情報刺激を成すのかに焦点を当てる事に意欲を示しています。
参考文献
- Tajima, Satohiro., et al. (2019). Optimal policy for multi-alternative decisions. Nature Neuroscience. DOI: 10.1038/s41593-019-0453-9